aliens on a pink moon

日々感じたことの掃き溜め

あの娘はどこかの誰かと戦闘状態

※まずはじめに・・・今回の記事はアダルトな内容を含む上に記事の内容全体に多大なるモラルの欠落がみられます。閲覧注意と書き残しておきます。

 

 

あれ・・・?前回ブログを更新してから1ヶ月が経過しているよ・・・?おかしいな・・・?なんでかな?おかしいね?自分で始めたのにね?初回の記事でなんかエモっぽいこと言ってたのにね?メンヘラサブカル女子っぽさ全開だったのにね?

 

言い訳させてください!!!!!!!

 

更新はしようとしたんです!!

でも!!自分のやってることがクズすぎて!これもう風俗嬢のこんな客いましたコミックエッセイとかわんねえジャンって記事書きかけて下書きに封印したんです。なんだその恥じらい。やることはやっておきながら!!!

 

え〜とですね〜、この1ヶ月は、まあ引越しがあってバタバタしていて、その合間をぬって抜け目なく(というか多動スイッチが入ってしまい)援助交際を続け、9月に入ってようやく新居に落ち着いたんですが、8月に旧居の地域でついた定期客がサヨナラになっちゃったわけですから、新しい顧客を見つけないといけないわけで、でももう複数回会ってもいいかなって思えるような相手ってなかなかいないわけですよ。説教垂れてきたり、生理的に無理だったり、汚かったり、プレイが面倒くさかったり・・・そして越してきて2週間になりますが、地域性なのかなんなのか、こっちの人は迎えにきてくれない!電車移動さす!心の中にDIO様を飼っている身としては、「このわたしをこのくそ暑い中歩かせるだと!?」ですよ。早く迎えにきてくれるまともな人と出会いたい。会ってる間以外はほっといてくれる人で。

 

あ、そうそう、8月に援助交際で知り合った人となんか流れで付き合うことになりました。でも向こうも全然その出会いの元となった出会い系サイトログインしてるし(=それを見てるわたしもログインしてる)イケメン・元バンドマン・超優しくて面白い・さりげない気遣い・わたしもそこそこ経験人数あるけどトップレベルでセックシュがうまい→モテない訳が無い・なんでこんなとこにいるの!?、大体普通の冴えないサラリーマンみたいな人が来るので、最初会った時マスクしてたんですけどそれでも!?ってなりましたからね。でも謎解けました。多分くそ遊び人です。脳内が下半身です。と言ってもお互いセッシュクがめっちゃよくてそれでクソバカエロラインして盛り上がってて、また会いたいね〜なんてずっと言ってて、マジでプライベートな話題とかほとんどしないからお互いのこととか全然知らない状態で、性欲に駆り立てられて付き合うことになったみたいな感じです。ていうかあいつ何人彼女いるんだくらいに思ってますから。忙しかった〜って言われたら「何に忙しかったんでしょうね〜^^」てなもんですから。だってロン毛にカーキのVネックの無地のTシャツにムスクの香水ですよ!?ありえますか????ないですよね??

わたしも8月に会ってたときにはめっちゃタイプでハマってたんですけど、彼氏になるのはなんだかなって感じで。でも8月後半入ってから向こうの仕事の都合で全然会えなくなって、1ヶ月会ってないんですよ。それはそれで寂しくて。ラインも全然返ってこないタイプのやつだし。予定も全然連絡してこない適当会会長ですよ。振り回されるDIO。辛い。1部のディオですね。全然ジョナサンじゃない・・・。

 

 

そう、今日はもうわたしがどんだけクズかっていうのをここでさらけ出そうと思って。

援助交際し始めたのは、いろいろ考察はしたけど、やっぱ彼氏のこともあるのかなって。一回めちゃくちゃにラリって、理性が一切邪魔しない状態で、自分がどうなりたいのか考えたんですよ、7月くらいだったかな。そしたら、何がしたいとか、何になりたいとか、微塵もなくて、ただもうめちゃくちゃに堕ちるところまで堕ちてとっとと死にたい、が答えだったんです。彼氏のいない世界で生きるって選択肢は、やっぱりわたしにはなかったんだなって。それから、2年がたって、時間が過ぎて、彼と一緒にいた頃の自分と、今の自分が乖離していくことがすごく辛いんだと気付きました。しかもそのギャップはこれからどんどん広がっていく。何も考えず純粋でひたむきだったあの頃と、今だけでも随分と変わったとわたしは自分でそう思ってます。汚れたし、荒んだ。今のわたしを見ても彼氏は多分わたしを好きにはならないような気がするんです。それは彼氏と同じく汚れたからわかる。あの頃の自分に対して、綺麗だと思う、彼氏が言っていたのと同じことを思うから。

 

話それたな。援交始めたのは、だから、お金とかブランドものが欲しいとかそういうのじゃなかったわけです。過去にもセックス依存になっていたし。8、9月と、結構出勤したけど、1円も使わずに、封筒に、何月何日、どこどこのサイトのなんて名前の人、特徴、拘束時間、良かったか悪かったか、金額、とか帳簿みたいにつけて貯金していたんですよ。なんか、それが増えていくことが心の支えというか、自分の価値というか、頑張った証じゃないけど、認められた証拠みたいに思ってました。だから使うつもりはなかったんです・・・・・・・・・・・・・けど、わたし、ファッション道楽なんです。服飾関係で欲しいと思ったものは絶対我慢できない。その代わり衣食住の食住はどうでもいい感じ。で、見つけちゃったわけです。何度も言いました。落ち着けと。調子悪くなるとでかい買い物したくなる傾向あるのもわかってたから、それだと。絶対買ってそれで終わって後悔するぞと。でもいっちゃいました。

勿体つけるのもあれだから載せますね。これが援助交際で買ったGUCCIの財布(オフィディアGGコンチネンタルウォレット)とバッグ(シルヴィ スモールショルダーバッグ)death!!!!

 

f:id:sansfin:20200916010842j:plain

 

はいクズ〜しかもこのバッグ財布とスマホとタバコ入れたらもうパンパンのガチのお洒落バッグでリュック民のわたし震えて眠るしかない〜

大人しく黒リュック背負ってろ!26にもなってよお!

生活費と援助交際費は分けてるんですけど、お察しの通り金の使い方がガバガバなので、今月残り現金1万円で生活しないといけないことになりました。そして財布は新品安くて、バッグは中古で、とんでもない額が飛んで行ったのでそれを取り返すべく今月後半の援助のスケジュールを組んでいます。でも、もう正直おんなじことの繰り返しじゃん、やってる人らみんな寂しいだけじゃん、わたしも含めて、傷の舐め合いじゃん、めんどくさくなってきてます。今までも酒とか過食とかいろんな依存をそん時はほんまにずっと治んなかったらどうしようって悩むんですけど、意外とあっさり終わったりするんで、時期が来たのかもしれないです。

 

あ、あとどうでもいいけど世間知らずなものでネット開通工事費用を一括払いにしてしまって、しかもその上洗濯機が壊れるという、マジで金欠ですよ。(でも援助は貯金したい)本当、いきなりの出費って重なるものだなあ。あと化粧品が一気になくなる現象あれなんなんでしょうね?本当困る・・・

 

今晩もクズ全開でお送りしました。

いつもよりも大変なるお目汚しをば失礼しました。

本当にすみませんでした。

莫迦な女を笑ってやってください。

 

「美しい名前」 / THE BACK HORN

www.youtube.com

 

パンタロンのケツが・・・つっかえて入りません

こんばんは。今夜はなんだかハイテンションです。

 

今月初めのやらかしでしばらくの間は自己嫌悪に苛まれていたのですが、よくよく考えてみるとその嫌悪感は自分の本心から来ているというよりも、社会的望ましさと照らし合わせて、「そう感じるべき」だと思っていたところが大きいなと気付いてから、開き直れて(いいのか悪いのか)楽になりました次第です。

 

躁いうわけで、「あっわたしいい子ぶってんだな」「逆にこれくらいのことで世界が終わるごとく落ち込むのって真面目すぎるんじゃないか」と思い、わたしの高校以来のバイブルである坂口安吾の「堕落論」引っ張り出してきてですね、読み返したところ、やっぱり安吾はいいですね。人が道徳を課すのは人の本性が反道徳的であるから。借り物でない自分自身の道徳を獲得するためには、実際に堕落することが必要である・・・とわたしは読んでいます。でも、だからと言って「(ただ)堕ちろ」と言うだけだったらなんちゃってアウトローのありふれた言葉にすぎない、安吾のニクいところは「(人は)『正しく』堕ちる道を堕ちきることが必要なのだ」と書き、では何が「正しいのか?」については読み手に委ねたまま結んでいるところなんですよね〜〜〜〜痺れます!!

 

安吾自身もアルポンだったわけで、説得力あるんですよね。安吾が正しく堕ちていたのかは知りませんが、彼の言葉は遠く離れたわたしに届き、味方になってくれました。

実際のところ、自分がどうして破滅的な行為に及ぼうとするのか?考えたときに、自傷行為的な意味もあるんですけど、刺激希求と好奇心が高くて、単調な生活に我慢ができない、危ないことをしたい、世間でダメと言われていることが本当はどうなのか自分の目で確かめたい、というどうしようもない欲求が存在してるのも事実なんですよね。

そのくせ超自我の干渉がいまだに凄くて、やることはやっておきながら中途半端に後悔して落ち込むので、あっさりと一線を越えられないところからしても、太宰の斜陽の主人公、不良に憧れるお嬢さんとわたしは似てるところがあるなと思います。

 

まあ、自分自身に対しても嘘をついて偽善者ぶっていたと気付いたことで、しばらくは開き直って遊ぶと思います。そのうち飽きると思うので。

 

 

ここからはただの日記です。生理の話がっつりしてるので、読まれたくない方は飛ばしてくださいね。

 

ツイッターにも書いたんですけども、もともと気分の波が異常に激しい性質に加えて、PMSの情緒面での症状が酷くて、生き血を求めてさすらう狩人のように荒くれた気分になるわ、イライラが高じて視界に人間が入ることすら許せなくなるわ、発作的に自殺したくなるわで、1ヶ月の間の1週間くらいをそういう状態で過ごすことを強いられるのにめちゃくちゃ苦痛を感じていたんです。

低容量ピルは、喫煙者だし、避妊する必要のある状況もなかったし、何より毎日飲むとか絶対忘れるわという確信があったので、この何年かその選択肢はないなと思ってPMS我慢してきたんですけど、もう限界だと。こいつだけはほんまにしばく、絶対に許してはおけないと(なってから)思って、でもいらちなもんで、婦人科行くまでの短い時間ですけどもー我慢できない、今すぐこいつをしばき回さないと気が済まないと、普段ほとんど通販でしかもの買わないケチなわたしも薬局に走りました。かの有名な命の母ホワイトを買いに。ひとまずこれでなんとかなってくれと。

360錠と180錠のもあったんですけど、結構いい値段したので、とりあえず84錠、1週間ぶんのグミの袋みたいなのに入ったやつ買って帰って、1日3回1回4錠、1週間試してみました。忘れるって思ってたけど、藁にもすがる思いってやつで忘れなかったっす。気になる効果のほどは・・・情緒不安定には結構効きました!いっっっっっっっっっっっっつも絶対あの時期になるとスラッシュアックスぶん回してえとか思ってたけどそれもなかったし、逆にそれが過ぎた後の激鬱の波もなかったです。いや楽でした。口コミでは過食に効くっていうのもあったんですが、わたしの場合は残念ながらそこには作用しなかったみたいです。でもだいぶ!だいぶマシでした!

副作用とかも意識的に感じたものは特になかったのですが、ただ、もともと不規則なのがめちゃんこ遅れてきました。そしていつもより長引きました。んーでも結構ヤンチャしていたので、命の母の作用かどうかは現時点では分からず 。とりあえず来月以降も試してみたいと思います。という、どうでもいいレポでした。

ホント生理のやつだけは生かしてははおけないっす。

 

 

あと、そういうわけで夜遊びもできず暇を持て余していたので、ひたすら今月末の引越しの準備をしてました。しばらく人と過ごすと暇な時間の過ごし方忘れて、じっとしてられなくて3日で20箱も箱詰めしちゃいました。やり出したら早く済ませないと気が済まないので、引越しまでまだ10日はあるのに壁の時計まで外して詰めちゃって、Gショックつけて生活してます。アホっすね。なんせこうなると引越し楽しみというか、模様替えしようとかきれいに使おうとかそんな気もなく、ただもう元どおりのとこに家具置いて物戻して落ち着きたい気分で落ち着かないです。もう生活するのに置いといた方がいいものは大体残してあと終わっちゃったので、今日は新居の周りをGoogle マップで検索していろいろ妄想してました。結構大きい街なので、周りになんでもあってワクワクです。ミナミの夜、落ち着いたら(いつになるやら・・・)遊び倒したいですね。

 

あ、あと、今日通販で前から憧れてたホテル仕様のバスタオルがセットでセールになってたのでポチっちゃいました。今使ってるやつはもう年季物でゴワッゴワなので超楽しみです。早くこないかな〜♫

 

 

この数日はそんな感じでした。来週以降、手続き関係で結構忙しくなるので頑張ります。

今日はそんなところで、おやすみなさい!

 

 

「いかれたBaby」「15歳」/ 山田将司 & つじあやの

www.youtube.com

吐露・本音

すべてのことにうんざりしている。

治療にも、(他の人との比較はもう抜きにしよう)苦しみを味わうことにも、戻らない過去について諦めようと自分に言い聞かせ続けることにも、まともなありうべき姿へかたちを変えられようとされることにも。

わたしは昔から「なじまない」

そしていっそう「なじまない」よう育った。

自分が一番よくわかっている。まともな生き方を───それは「自分らしい生き方」ということも含めて───することはできない。根性もなければはなからその気がない。

 

なぜ、なじまなければ、自分らしさを見つけなければいけないのだろう?わたしにはわからない。

なぜ、その気持ちをごまかして、生きなければならないのか?

なぜ、「自分を大切に」と言われるのか?

クスリやセックスはいけないことなのだろうか?

体を売ることは?

自殺は?なぜ忌避されるべきものとして扱われるのか?「死んだらおしまい」と言うのは、生きることを選んでいる人たちだ。

 

わたしからすれば、みんなの方が気が狂っているように思える。

わたし以外に、違う考え、歴史、人間関係、振る舞い、感情・・・そういったものを持った「対等」な生き物、他人、人間が存在するということの理解ができない。ゾッとしてならない。想像すると気が狂いそうになる。

いろいろ取り繕ってみたところで、わたしは人が嫌いなのだ。心から信用することができない。それを病と呼ぶならそうすればいい。

 

わたしは人間になりそこなったのだと思う。一方で、わたしだけが人間だとも思う。

この世界にわたしの居場所はどこにもないのだと思う。優しくしてくれる人はいる。だけどわたしは演技をしている。ありのままのわたしを受け入れてなんの見返りもなく愛してくれる人は、もうこの世界にはいない。

 

知らない星に飛ばされて、帰る手段を失った気分がする。

似たような言葉、だけど通じない。全く違う常識で生きる人もどきたち。

なじめない。帰りたい。帰ることは絶対にできない。

 

人間もどきに合わせて、あるいは、人間もどきが人間のふりをして、演技をするのに疲れた。

今死ぬことができるボタンがあったら押すだろう。

 

いなかったことになりたい。

 

 

「義務のように」 / 坂本慎太郎

www.youtube.com

 

 

生まれ変わってみても栄光の女にゃなれない

こんばんは。三連休もおしまい、みなさまどうお過ごしでしょうか。

暑さも本格的になってきましたね。体調など崩されていませんように。

 

今日の記事はここ数日あったことのメモ。

※ 今回の記事は、前回記事(↓)同様アダルトな内容を含みます。また、売春に関する記述や、私自身のメンタルヘルスについてのネガティブな内容も含みます。今回の記事はかなりクズ丸出しの仕上がりになっています。18歳未満の方や、ご不快に思われる可能性のある方は、ブラウザバックをお勧めします。

 

espoir-sansfin.hatenablog.com

 

前回の記事(↑)でも触れたのですが、自傷行為としての性行為が再発(6年ぶり)しまして、8月に入ってから一週間ほどぶっ続けで不特定多数とセックスして帰って寝て、起きてる間は相手探しと出かけの準備・・・のような生活を送っていました。

これが自分だけの問題で済めばいいのですが、このような時期に夜な夜な出歩くのは、間接的に殺人行為に加担しているのと同じ、わかっているのに止めないのは問題意識の大きな欠如、といい子ぶって書きたいところですが、主な原因は自殺願望が出てきていることかなと思います。

 

私の行っている性行為は、いわゆる金銭授受を伴う「割り切り」というものです。なぜ知人やセックスフレンドと関係を持つことを選ばないかというと、金銭のやりとりを間に挟むことで、距離感が保たれるから、遊びに慣れている相手に対象をある程度絞ることができるから、知人に自傷行為としての性行為を行う癖があること・自分の性交中の姿を知られたくないから、などの理由があります。

いわゆる援助交際を行う心理について・・・全部を自己分析してここに書く余裕が正直今はありません。というのも、正直、自傷行為としての効果及び副作用(自己嫌悪・希死念慮・肉体的疲労etc...)が強すぎて、疲弊しきってしまっているためです。こんな状態になるまで間をあけずに行為に及んでしまったのは、終わった後に一気に襲ってくる自己嫌悪等のネガティブな感情によって、一人で過ごすことが耐え難くなり、そこから逃れるためにさらなる刺激が必要になり、また行為に及び・・・の繰り返しをしてしまっていたからです。

 

メモ的に・・・

 

◯自分の肉体をお金で売ることについてどう考えているか?

6年前より3割ほど値段を下げないことには買い手が付かなくなりました。やはり若さ及びルックスが「価値」となる「商品=モノ」と言うことになるようです。そのことについては、多くの事柄について嘘をつくことができる、別人になって行為に及ぶことができるという点で気が楽でもあり、(自ら値段をつけて売り込んでおいて矛盾してはいますが)「人」ではなく「モノ」、「穴」としてしか見られていないのだなと思うと、やはり自分を自分で貶めているなという気持ちになります。「お金で買われることによって自分に価値があると感じられる」という言説がありますが、わたしの場合正直これについては微妙なところです。そうだと言われればそんな気もするけど、お金を払って遊ぶことに慣れている相手=タダマン求める相手より多少は安全かな(変わりません)という気持ちがあって割り切り応じてくれる相手を選んでいるところが大きいです。

 

◯どのような買い手がつくのか?

これについてはまちまちです。既婚者・子持ちで気晴らしで遊んでいるような人もいれば、真剣に恋人探しをしたいとうたっている人も(本当か?)います。声をかけてくる半数以上は無料での出会いを求めている印象です。遊び慣れている人はあまりガツガツしておらず、メッセージも丁寧な印象です。メッセージやプロフィールが雑、あるいは何か変だなと思う場合、会うとほとんどの割合でヤバイ人が来ます。わたしは後腐れない関係を求めているので、相手のパートナーの有無には特に拘らず、慣れていそうな人を選ぶことが多いです。そのあたりモラルが欠如しているなと(ここまできておいてわざわざ書くまでもないですが)思います。

 

 

◯一週間ぶっ続けで自傷行為代わりの援助交際を行った結果

自傷欲求・希死念慮の増加

・知人・友人に対する罪悪感・恥の感覚の増加による対人コミュニケーションの機会からの逃避・辛いという気持ちを発信することの諦め

抑うつ感・将来の展望についての絶望感・自暴自棄

・(通常の生活で確保されていた)自分の時間の減少・ルーティンをこなすことができなくなったことによる生活リズムの乱れ(→さらに気分悪化を促進)

・肉体的疲労感・体の痛み

・病気・妊娠のリスクについての不安

・買い手募集の際にされる発言等についての不快感

・終わった後のネガティブ感情の爆発的増加による、依存形成のリスク(なりかけ)etc...

→結論:最悪

 

そんな一週間を過ごしてみて、肉体的にも精神的にも限界が来た & 今週以降やらなければならない予定が山積みでこんなことにかかずらっている場合ではない、今日やるか休むかで今週以降のメンタルの波が変わってくると予測されたため、今日はやめることにしました。

というか、こんなことをするのなら、黙ってやれよという話なのですが、長く来ていただいている訪問看護の方と、メンタルヘルス関連で知り合った付き合いの長い友達一人に話したところ、二人ともこんなクズのわたしに対して、とても真摯に向き合って話をしてくださったので、本当は今晩も出かける予定だったのですが、「本当はこんなことしたくない」という気持ちが表に出て、また、今晩出かけたら本当にクズだなと思って、やめることにしました。

自傷行為については、何年もおさまっていたものが急に普通に再発したり、悩まされていたものがいきなりおさまったりするので、今後この自傷がどうなっていくかは分かりません。というか、「なる」ものじゃなくて、「する」ものなのに、自然発生的なことのように書いてしまうわたしの意識に、問題があるのだと思います。

 

 

今晩も完全自己満足なお話失礼いたしました。

おやすみなさい。

 

援助交際」/ 銀杏BOYZ

www.youtube.com

 

オアシスと地雷原のはざまで

こんにちは。もう8月になりましたね。「こないだ紅白見たのに」って毎年言ってます。それから年明けるまでのスパンが年々すごいスピードで短くなってってます。出典は忘れたんですが、心理学的には、人生の体感時間って二十歳までが半分らしいです。怖い。

というわけで、梅雨も開けてこれから夏本番ですね。みなさん身体に気をつけてください。

 

今日の記事は7月の振り返りと最近あった出来事について。

 

※今回の記事は、アダルトな内容を含みます。18歳未満の方や抵抗のある方には閲覧をおすすめしません。また、私自身のメンタル・行動について、センシティブな(ネガティブな)内容が含まれているため、読まれることでご不快に思われる可能性があります。そのような話題について閲覧を避けられたい方はブラウザバックをお願いします。

 

 

 

7月は初旬。退院してすぐ、入院生活と家での生活とのギャップに心身を慣らす時間を取らずに&自分のキャパを把握せずに動き回ったものだから、時間差で調子を崩してメンタルブレイクしました。入院生活は(その中でコミュニティとかできたりする)意外と騒がしかったので、家に帰って来ていざひとりになると、しんという音が聞こえるくらい静かに感じました。後なんやかんやで看護士さんが(実際どれくらい期待を満たしてくれるかは別として)話を聞いてくれる役として居てくれたわけで・・・どうしても退行が避けられず、入院前には耐えられていた、抑うつと差し向かいの状態が怖くなってしまい、それもあってやたら動き回ってました。

入院、ごはんも出るしね。まずいとか言ってた人多かったけど、菓子パン生活で激太りした私としては出てくるだけでもーありがたい。一人暮らしではやらない魚料理とか。全然おいしかったです。

 

前回の記事↓

espoir-sansfin.hatenablog.com

で、ルーティンの話に触れました、3年前、ルーティン頑張りすぎて精神病院入院デビューすることになった私は、毎日同じことの繰り返しをする生活に対してアレルギーを発症し、退院後相変わらずこの話題を振ってくる主治医に対しても「へへっ…」でごまかしながら自堕落な生活を続けるようになってました。

 

7月はじめに調子崩してから、別に意識してそうしたわけではないのですが、結果的にちょっとしたルーティンを設けることになり、それが功を奏したのか?3週間くらい、この1年で1番調子いいくらいの穏やか&鬱がない&将来のことまで考えられる・・・という良い状態で過ごすことができました。

ただよくなってくると浮かんでくるのは次に絶対訪れるであろうがた落ちへの恐怖。実感としてはずーーっと上がった状態のままだったら、ギリ社会復帰も視野に入れて生活していけるかな?って感じ。で、案の定落ちました。原因は色々あると思います、上がったから落ちた、ホルモンバランス、これは仕方ないけど、またおんなじこと繰り返してたみたいです。ルーティンをやるのはいいけど、どんどん量が増えてってました。「やればやるほど偉い」→「やらなきゃ」みたいな強迫観念がまた・・・主治医には鬱のときに動ける量しか動くなと言われてるんですけど、鬱のときなんか鉛ですからね。ボンレス鉛。

 

それから、毎日同じ生活、淡々とした生活を繰り返してると、これはわたしの病気の症状としても書いてあるし、また性格の一部なのかなと思うのですが、退屈になってくるんです。これまでもジェットコースターのような生活を送ってきました。そんな中で、刺激希求が高くなってしまったのか、危ないこと、激しいことをしたくなってしまう・・・

 

そんなこんながあって、自傷行為、破滅的行為については色々やらかしてきたのですが、先日ついに、その中でも1番古株で、もう6年くらいおさまってたものを再発させてしまいました。

 

というのは、好きでもなく知ってる相手とでもない性行為です。

自傷行為の中でも自分の中で重たい(副作用が大きい)~軽い(比較的健康的な人にも見られるもの、生活に支障をきたさないなど)のランク付けがあるんですけども、こちらは1番重くて1番嫌いなものになります。

わたしは基本的に性行為に対しては潔癖かつ嫌な思い出があるので、知ってもいない人とそういうことをすると、自己嫌悪すぎてショックで頭が飛びます。それでその瞬間だけ嫌なことを忘れられる。けど、ショック(効果)が強い分、終わった後の自己嫌悪と抑うつ希死念慮は耐えられたものじゃないので、一人で過ごすことができなくて、結局間をあけずにまたその行為へのめり込んでいってしまう・・・ドラッグへの依存と似てると思います。同じ発散行動として、アルコールや過食、オーバードーズもしたことはあるのですが、そっち方面は副作用で身体がもたず、依存と言えるほど長い期間は続けられないことがわかっているので、最近ではほぼすることはなくなっていました。

 

自傷行為はほとんどしなくなっていたのに、なんでよりによってランク最上位のセックスなのか・・・。先日、理性を取っ払った状態で将来どうしたいか考える機会がありました。そうしたら、正直どうでもいいなと、ふだんの自分が軽蔑しているような人たちと同じになっても 、思考を止めてそのときの快楽だけ求めてやれることはやって、生活が追いつかなくなったら終わりで良いやというのが正直な気持ちだというのがわかりました。この数年、色々なことがあり、少しは変われたと思い込んでいたけれど、結局のところ、現時点でのどうしたいか?どうなりたいのか?は、10年前にぼんやりと抱いた将来のビジョンと全く変わっていませんでした。そのことに、自分への呆れを感じています。

この6年が、1度に無意味になってしまったような気がしています。励ましてくれた友達、家族、医療関係者の方々、そういった人たちの優しさにわたしはまったく値しない、信じてもらっているのに、期待に応えることができない、顔向けできない、みんなが遠くへ行ってしまったというより、自らそういった温かい人たちやものごとが属する場所から離れて、軽蔑されるのがふさわしい領域へひとり逃げ込んでしまった。なんでなんだろう。結局、不適合は不適合なのでしょうか。そうではなく、わたしは治るのが怖い、陽の当たる場所が怖い、そこでやっていく自信がない、だから不適応行動をすることで、そこから逃げて、自分はでき損ないだという観念にすがり付いて甘えているのだと思います。

 

どこにも書けない、誰にも話せないからここへ書いてしまいました。

した後の自己嫌悪は昔と全然変わってなくて、結局またここへ戻ってくるのか、これがふさわしいのかな、という気持ちと、やっぱり私には割り切ってそういうことをするのは向いていない、演技も、自分を曲げて相手が喜ぶよう合わせることも、作り笑いひとつでも、何かがどんどんすり減っていく、やっぱり私はこれをあっけらかんと続けられるような図太い女にはなれない(どの口が言うねん)という気持ちと両方あります。

たぶん数日は休むので、しばらくは自己嫌悪タイムだと思います。

 

最後まで読んでくださった方へ

お目汚し失礼しました。

 

夜にぴったりの曲です。

「頼りない天使」 / Fishmans

 

www.youtube.com

 

 

 

 

 

時には(隙あらば)昔の話を

先日診察とカウンセリングに行ってきました。通い始めてからもう4年弱になります。

 

今回はクリニック通い始めらへんのこと振り返る回です。

自分語り全開

 

クリニックには自分から積極的に通い始めたわけではなかったです。4年前といえば、(今もそんなに胸を張れるほど変わったわけではないにしろ)思い出すだに恥ずかしいことを沢山しでかしていた時期・・・当時の恋人が、私の病気(だと思われるもの)の治療に力を入れているという看板を掲げているクリニックをネットで見つけてきて、私は何というか、放り込まれた感じでした。正直私はこんな扱い受けるようなメンヘラ女じゃないわとイラッときてました。カウンセリングと言っても、よくある来談者中心療法じゃなくて、私に課せられたのは認知行動療法でした。カウンセリングのはじめの1年くらいは、カウンセラーによる課題(例えば、「あなたにはこういう癖があるので、そのようなときはこのように考え方 / 行動を変えるようにしてください」)の提示と答え合わせのような形をとってました。当時は元恋人との関係がギスギスしていた & 完全に依存していたこともあって、これをやれば絶対に治るという主治医の言葉を藁にもすがる思いで信じて、言われたことに取り組み始めました。今思えば「絶対効く!」なんて胡散臭いセールスと一緒じゃんね~・・・ちなみに最近、クリニックの待合に「これをやれば人生必ずうまくいく」系の自己啓発本が置いてあるのを見つけて当時のことを苦々しく思い出したのと、相変わらず変わってないな、ここは、と苦笑してしまいました。

 

クリニックに行かされることになって間も無くして恋人とは別れました。完全に共依存でした。当時は私が病気だから悪いんだと思い込んだものですが・・・ここでBGM、「好きではないけど懐かしい」坂本慎太郎閑話休題

 

当時の私は、アルコール、過食、対人関係など色々なものに依存しないでは立っていられない状態でした。恋人と別れたことで、それまでのようにエネルギーを向ける対象がいなくなって、自分のために使える時間、一人で過ごさなければならない時間が増え、虚しさを振り払うために、ちょうどタイミングよく目の前にあった治療へと依存の対象を切り替えたんだと思います。加えて、何かに集中すると他のことが目に入らなくなってしまうくらい、そのことにのめり込んでしまうという昔からの性質も手伝って、私の脳内は治療それ一色になりました。カウンセリングにはバインダーとルーズリーフを持っていって、言われたことをほとんど一字一句メモして持ち帰って、毎日見返せ、毎日何回も見返すことで癖が直っていく、という主治医の言葉を信じて、帰りの電車に乗った瞬間から言われた通りにしてました。当時は人と喋ると頭が真っ白になってしまっていたので、事前に聞きたいことを書いていって、答えを余白に書き込んで帰って、日常生活の中でも気がついたことをメモして・・・なんてしていたら、バインダーもパンパンに。それを見た主治医に「おっ!頑張ってるなあ」なんて(←適当)言われてさらなる「頑張らなきゃ」完璧主義の強迫観念スパイラルへ・・・「なんでこんなストイックに・・・私ボクサーかよ」なんて思ってました。

 

話は少しそれますが、私はいわゆる(あえて言うなら?)アダルトチルドレンで、家の中では優等生の良い子ちゃんでした。小さい頃から自慢の娘、他の兄弟の見本で、反抗期もありませんでした。そんな私の思考の特徴として、失敗することを極端に恐れる、ダメな自分を認められない、ましてや人にダメなところを見せるなんて論外、というものはとても深いところに根ざしていて、今もあんまり変わっていません。そんな思考の癖を持ったまま、クリニックへ通うようになったので、結局場所が変わっただけで、今度は「良い(優秀な)患者にならなきゃ」「言われたことを完璧にこなさなければ」という思い込みに支配されるようになって、どんどんドツボにハマっていきました。

具体的には、毎日何度もノートを見返す、「癖が出てる」と感じた瞬間に言われたことを心の中で唱える(1日何百回も・・・)のに加えて、自分の病気についての本を「よくわかる」系から治療者用の治療マニュアルまで読み漁ったり、海外で有効な治療法として行われているものの実践本を買ってやってみたり、病気の本を読み尽くしたら、関連領域の本(主にAC・毒親・母子関係)まで手を広げていったり。毎日同じルーティンを設けろと言われていたので、1日のスケジュールは時間単位で管理してきっちりこなしてました。それから、ルーティンの1つとして書くことに決めた日記と、カウンセリングに向けて書くことにしていたメモ、その分量がどんどん増えて、1回でノート半分くらい書いたりすることもざらでした。空き時間にはとにかく書きに書きまくっていました。ルーティンとしてすすめられてバイトも始めました。苦手な接客業でチックが再発。それでも「毎日同じこと」。バイト・ジム・ノート・日記・勉強・・・自分の感情の自覚に乏しかった私ですが、さすがに「しんどい」と思いました。終わりが見えない。この先どうすれば良いのかもわからない。こんなに頑張っているのに、主治医が言うのは「まだまだこれから」。カウンセラーの先生に「今は治療を仕事だと思え」と言われたのを胸に、何とか毎日乗り切ってました。ブレーキかけてやってよ先生たち・・・

 

そんな生活が変わり始めたのは、自分で(頑張ってるアピールを兼ねて)始めた読書がきっかけでした。当時、アダルトチルドレンという言葉や由来は知っていても、自分とは無縁なことだと思っていた私でしたが、本を読んでみると、まるで自分の家の中が覗かれていたんじゃないかと思うくらい、酷似した色々な事柄・状況について書いてあって驚きました。恐る恐る有名な毒親本を読んでみたところ、当てはまると思う箇所が無視できないくらい多くてさらに衝撃を受けました。読みながら、「今、何か得体の知れない大きなことに直面しようとしている」と正直怖かったのを覚えています。当時、一人暮らしから実家暮らしに戻っていたのですが、時間が経つごとに調子が悪くなっていくのを感じていました。元々家を出たのも、家が嫌だったから。それでも私は認めたくなかったんです。「否認」に気づいた瞬間でした。私の病気の原因を作った犯人は親なのではないかと。雷に打たれたようでした。最後まで疑ったことはなかったから。疑う前に自分を傷つける方を選んでいたから。まさか、と思いました。でも、そう考えれば考えるほど、全てのことの辻褄が合い、身震いする思いでした。それに気づいた瞬間、心の1番奥底に抑圧してきた10数年分の怒りが、火山が噴火するみたいに一気に爆発するのを感じました。自分の中でマグマが煮えたぎり続けているかのように、何日経ってもその激しさ、熱さは収まることはなく、むしろ日を追うごとに苛烈になっていきました。それでも感情を表に出すことはしないで、表面上はまったくいつも通りに生活を続けました。

 

気づきと怒りについて、カウンセリングで話すと、怒りを表に出すことはしないように、「親対子」ではなく、「一対一の大人同士」という気持ちを持つように、との新しい課題が出されました。結論から言うと、私はそれをこなすことに全力を尽くしましたが、この時の課題が当時の私にふさわしいものであったのかについては、疑わしいと思っています。というのも、私はこのような感情を感じたことも、本人にちらとでも伝えたことも、一度もなかったからです。そのような状態でこの課題に取り組むことは、私にとってかなり辛く、精神状態はどんどん追い詰められて悪化していきました。課題と激しい感情の間で板挟みになった私は、自分の感じていることを告白するか───それは、自分がそれまで血が滲むような努力をして作り上げてきた良い子の自分は偽物だと告白することと同義でした───否か?という問題に突き当たります。答えは疑いようもなくNOでした。告白することは絶対できない、かと言って課題をこなし続けることももう限界がきている。「気づき」以降、家を出ようと思い、バイトのシフトを増やしました。でも、引っ越しの資金と数ヵ月分の生活費程度の貯金にしかならず、食べていくのに十分な給料を得られる時間分働いていくことは、自分には到底不可能に思えました。私の出した答えは終わりを選ぶことでした。「もうこれでいい」そう思いました。その頃には家にいると辛かったので、家族と顔を合わせないように長い時間外に出ていました。マクドナルドで、周りの客が喋っている声が、耳に水が詰まっているみたいに遠く感じました。「私とははっきりと別の世界の人たち」「完全に隔てられていて戻ることもできない」と思ったのを覚えています。出した結論は突発的・衝動的なものではありませんでした。私は数日の間をおいてそれを、決行しました。

結果は言わずもがな、今、こうしてこの文章を書いています。

 

そう、結論から言うと、私は今度は精神病院にぶち込まれることになりました。そこでみっちり3ヶ月過ごしました。よく、海外に行くと世界観変わるなんて言いますけど、私は入院生活の中で色々なことを見聞きしたり体験したりして、視野が広がって考え方も少し(結構?)変わったように思います。入院生活のことはあんまり面白おかしく書くと怒られるかな。でも不謹慎って言う方が不謹慎ってこともありますよね(と私は思います)。いや〜濃密でした。親との関係も、そこでカンファレンスを開いてもらって、正直な気持ちを伝えたことで、結局のところ良い方向へ向けることができました。今では仲は良好です。入院生活のことについては、またいつか書ければと思います。

考え方が変わったのを、端的に表してるのはこれかな。退院して初回のカウンセリング、しょっぱなに言った言葉です、「もう人格矯正はやりたくない」「私の話を聞くカウンセリングに変えて」

 

あれから2年半くらいになりますが、カウンセリングは私の要望通り、CBTはさようなら、緩い感じで続いています。雑談みたいな感じで終わることも多々あります(ボッチなので・・・)。カウンセラーの先生、きちんと距離をとって、気難しい私の相手をし続けてくれていることに感謝です。でも最近、ちょっと雑になってきてるね?って思うことが多いです。けど、先生のことは大好きなので、長く通ってる分ちょっと気が緩むのかしら?なんて喜んでます。(めでてー脳みそ)きもいね・・・

 

 

あれ・・・治療と診断について書こうと思ったのにな・・・まあいいか・・・

なんせとりあえず、いつまでかはわからないけれど、もうしばらくは今のところでお世話になると思います。

次は8月〜

 

 

今夜は「道」/ 折坂悠太

おやすみなさい。

 

www.youtube.com

自己紹介とブログ

 

初めまして。こんにちは。

私は、20代後半の女性です。高校の頃に心の病による行動化が始まって、約10年、紆余曲折を経て、今も病気と同居中の身です。

こんなに長く一緒にいるのに、今も上手な付き合い方を模索している最中です。なかなかうまく行きません。

個人的には、診断名にはあまり拘らない立場を取っていて、自分の病気も、はっきりとこれとは言いづらい状態ですが、別にそれでもいいかなと思っています。(対処の仕方が明確になるのであれば、その枠に収まっても良いかな、一時的にそう名乗っても良いかなと思っています)

病気との付き合い、これからどうなるか、自分でも予想はついていません。

 

ブログは今までにもいくつかやっていたことがあります。だけど、人に見せることを前提としないものになってしまい、結局日記へ移行したり、三日坊主になってしまったりすることが多かったです。このブログは一応、外に向けて、書くつもりです。そういう意識でもって始めたのは一つ、思うところがあるからです。

この10年、20年、色々なことがありました。辛いでは、幸せでは表しきれないことが沢山ありました。そのような事柄や、感じたことについて語る言葉を、私は長年の間、持たずに過ごしてきました。口をつぐみ、涙を閉じ込めていた期間に、心の中に沈殿したものたちについて、今、拙いながら、少しずつ説明をつけることができるようになってきたかなと感じています。こういう力は、遅まきながら、カウンセリングや、日記、記録、大切な人とのやりとりを通して、ゆっくりとついてきたものです。外に向ける言葉を持たなかった私は、イメージとしての「心の中の世界」を作り上げて、その中でとても長い時間を過ごしてきました。其処で考えたこと、感じたことについて、オン/オフ問わず、ほとんどの人たちにはあまり話をしていません(できていません)。病状によって、時折、生きることをやめてしまいたくなる時、毎回よぎる思いがあります。それは「私がこのまま消えたとしても、誰もその理由について本当の理解をしてくれる人はいないだろう」という虚しさです。家族も、友達も、その時は悲しんでくれるかもしれない、そのことについては申し訳がないけれど、きっと彼らはその後に、何らかの都合の良い物語を作り上げて、私の死について(それは私の生について、ということも意味します)、ある意味づけを行うだろうと私は推測します。その行為や内容は、彼らの問題だと思います。私が自分にとっての問題だと感じるのは、その後のことです。消えたくなることがあると書いておきながら、勝手なことに、私にはある恐れがあります。「人は二度死ぬ。」一度目の死は肉体的なもので、二度目の死は、忘れられることによって。重要なことを隠し通し続け、まだ語りを始めていない私には、そもそも二度目の死はあり得ないのではないか。もし(自分で選んだものではないかもしれません)一度目に死ねば、私の存在はほんとうに全く無かったことと同じになってしまうのではないか。そのことがなぜか、とても悲しく感じられるようになったのです。だから、おぼつかないけれど、少しの言葉を得た今、どこかの誰かへ、あなたへ、語り出そうと思いました。電脳の海に、手紙を詰めた小瓶を流すように。少しの祈りとともに。私はここにいます。そう知って欲しい。

 

そういう気持ちで開設したブログ、いつまで続くかわからないけれど、考えたことや、感じたことなどをマイペースに書いていこうと思います。続くかな・・・?

 

そう、自己紹介の続きです。病気は私の一部であると同時に一面であるに過ぎません。メンタルヘルス関連の話題にフォーカスしたり、そのような内容について言及したりする頻度は高いかとは思いますが、いわゆるサブカル女でもあるので、面白いなと思ったものや好きなものについて、語れたらなあと思っています。

 

 

始まりということで最初の1曲はこちら。

ゆらゆら帝国で考え中/ゆらゆら帝国

 

最後まで読んでくれた方、ありがとう。

よろしくお願いします。

 

 

www.youtube.com